同期の昇進報告やSNSで流れてくる誰かの活躍を見るたび、「自分は何者にもなれていない」と焦ってしまう。頑張っていないわけではないのに、自分の毎日が急に色あせて見える。周りにおいていかれてるようで、焦ってしまっていませんか。
私は地方公務員として4年間働いたのち、ニュージーランドとオーストラリアに渡り、所持金10ドルまで追い込まれました。ワーホリを終えてから6年、塾の教室長になった今も、「何者かになれた」という実感は持てていません。本記事では、焦りが生まれる理由と、所持金10ドルのときに感じたことについて解説します。
積み上げても消えない感覚との向き合い方を、私の体験をもとに書きました。焦りを消す方法をお伝えする記事ではありません。今すぐ何かを変える必要もありません。答えが出ないまま生きている1人の体験談として、読んでいただければ幸いです。
※本記事は私個人の体験にもとづく内容であり、特定の選択や行動を推奨するものではありません。退職や転職、海外への渡航などの判断は、ご自身の状況に合わせて慎重にご検討ください。心身の不調が続く場合は、医療機関や専門の相談窓口にご相談ください。
「何者にもなれない」という焦りは、どこから来るのか

焦りの正体について、下記の3点からお話しします。
- SNSで可視化される「何者かになった人」
- 「何者か」が、実績や肩書きという思い込み
- 私が29歳のとき、感じていたこと
SNSで可視化される「何者かになった人」
同期が昇進した報告、友人が資格を取った投稿、知らない誰かが起業して成功しているニュース。SNSを開けば、「何者かになった人」の情報が次々に流れてきます。一昔前なら、同世代の活躍を知る機会は同窓会や年賀状くらいでした。今は違います。意識しなくても、他人の実績が目に飛び込んでくる環境に、常に身を置いているのです。
タイムラインを閉じても、頭の片隅に誰かの肩書きや実績が残り続ける。比較の対象が増えれば増えるほど、「自分には何もない」という感覚も強くなります。「自分には何もない」という感覚は、意志の弱さではありません。単純に比較する機会が昔より圧倒的に多いという、環境の問題です。
私自身、公務員時代にSNSを見て落ち込んだ経験が何度もありました。頑張っていないわけではないのに、誰かの成果と並べられると、自分の日々が急に色あせて見えてしまうのです。
「何者か」が、実績や肩書きという思い込み

私自身、地方公務員として働いていたころ、「公務員」という肩書きにどこか安心していました。定年まで続けられる仕事、周囲から「安定している」と言われる立場。立場を失うことに、正直、怖さがなかったわけではありません。しかし、「何者か」という言葉を、無意識に「他人に説明しやすい実績」だと思い込んでいた気がします。
公務員という肩書きがなくなったら、自分には何も残らないのではないか。肩書を失う恐怖は、確かにありました。初対面の人に自己紹介をするとき、私は「公務員です」という一言に助けられていました。肩書きがあれば、相手は勝手に自分を理解してくれる。都合のいい期待を、無意識のうちに肩書きに背負わせていたのだと思います。
私が29歳のとき、感じていたこと
4年間、地方公務員として働きながら、大きな失敗も人間関係のトラブルもありませんでした。周囲からは「安定した仕事に就いて、順調だね」と言われました。しかし、「自分には何も残らないのではないか」という焦りが、静かに積み上がっていたのです。同期が資格を取ったという話を聞くたびに、自分と比べてしまう自分がいました。
「公務員」という肩書きの外側に、何を持っているだろうかと考えると、答えが浮かびませんでした。「自分には何もない」という感覚は、何かに失敗したから生まれるとは限りません。周りから見れば順調に見える毎日の中でも、静かに積み上がっていくものです。
当時の私は、「安定した職業に就いているのに、何を焦っているんだ」と自分を責めてもいました。誰かに相談しても、「贅沢な悩みだ」と言われそうで、本音を話せずにいたのです。
所持金10ドルのとき、「何者でもない」感覚が強かった

何者でもない状態を実際に経験した話として、下記の3点をお伝えします。
- 肩書きを失っただけでは、実感がなかった
- お金も尽きたとき、本当に何もなくなった
- 「終わった」とは思わなかった理由
肩書きを失っただけでは、実感がなかった
公務員を退職し、ニュージーランドに渡った直後、私は「何者でもない」とはまだ感じていませんでした。正直に言うと、心のどこかで「元公務員」という肩書きに、まだしがみついていたのです。自己紹介をするときも、「公務員をしていました」という言葉を、つい添えてしまっていました。
退職届を出した瞬間、肩書きは書類上なくなったはずでした。しかし、自分の中では「元公務員」という過去がまだ現在形のように機能していたのです。周りの目に自分がどう映るかを、無意識に気にしていたのだと思います。肩書きを紙のうえで手放すことと、感覚として手放すことは、別のことだったのです。
お金も尽きたとき、本当に何もなくなった

「何者でもない」という感覚が本当の意味で強くなったのは、オーストラリアに移り、所持金が10ドルになったときでした。仕事が見つからず、貯金も底をついていく。「お金がない」という現実が、違う重さでのしかかってきました。1日1食で食いつなぐ生活の中で、私は本当の意味で「何も持っていない」自分と向き合ったのです。
過去の実績も、貯金も、頼れる人脈も、当時はほとんど意味を持ちませんでした。何者でもないというのは、身体で思い知らされる感覚だったのです。当時の生活の詳細については、下記の記事に詳しく書いています。
ブリスベン→メルボルン、仕事が見つからず所持金10ドルまで追い詰められた話【実体験】
「終わった」とは思わなかった理由
所持金10ドルという状況は、客観的に見れば十分「終わった」と言える状態だったと思います。しかし私は、不思議と「もうダメだ」とは思いませんでした。理由をあとから振り返ると、比較する相手がいなかったからだと思います。日本にいたときは、常に同期や周囲と自分を比べていました。
しかし、所持金10ドルという状況では、比較する余裕すらありませんでした。あるのは「今日をどう生き延びるか」という、目の前の現実だけです。何者でもない自分を、誰かと比べて評価する視点が消えたとき、「終わった」という感覚も消えていました。所持金10ドルからどう立ち直ったかについては、下記の記事に詳しく書いています。
→ ワーホリで人生終わった?【所持金10ドルから立ち直った私の結論】
今でも、「何者かになれた」とは思えていない

現在に至るまでの実感について、下記の2点をお話しします。
- 教室長までなっても消えない感覚
- 何者かになること、生きていくこと
教室長までなっても消えない感覚
帰国後、私は塾講師のアルバイトから仕事を再開しました。塾講師後は福祉職を経験し、今は塾の教室長として、生徒の受け入れや講師の指導、保護者対応まで任されています。肩書きだけを見れば、6年前より積み上がっているのは事実です。塾講師から福祉職、福祉職から教室長へと、任される範囲は着実に広がってきました。
しかし正直に言うと、私は今でも「何者かになれた」という実感を、持てていません。教室長という立場になっても、「自分は何者なのか」という問いに、はっきりと答えられる感覚はないのです。新しい役割を任されるたびに、「何者かになれた」と思える瞬間が来るのではないかと期待していました。
しかし実際には、1つの役割に慣れたと思う頃には、もう次の課題が目の前にあります。達成感よりも、「足りない部分がある」という感覚の方が、いつも先に立つのです。積み上げても消えない感覚がある、というのが正直なところです。
何者かになること、生きていくこと
「何者かになれば、焦りは消えるはずだ」と、以前の私は思っていました。しかし、「何者かになる」ことと「生きていく」ことは、別の話です。何者かになれたという確信がなくても、私は6年間、毎日を生きてきました。生徒と向き合い、講師と話し、保護者に対応する。
目の前の1日をこなすことに、「何者かになれたかどうか」は関係ありませんでした。積み重ねは、「何者かになった証明」にはなりませんが、「生きてきた証明」にはつながっているように感じます。「何者かになる」ことをゴールに設定していたら、私はいまだにゴールにたどり着けていません。
ゴールが見えないまま走り続けるのは、正直しんどいことです。しかし、生きていくこと自体をゴールにするなら、今日という日も、すでに延長線上にあります。答えが出ないまま生きている、というのが今の私の実感です。
今、何者にもなれていないあなたへ

今できることについて、下記の2点をお伝えします。
- 何者かになるを、ゴールにしなくていい
- 今すぐ何かを変える必要はない
何者かになるを、ゴールにしなくていい
もし今、「何者にもなれない」という焦りを抱えているなら、焦りを消すことをゴールにしなくて大丈夫です。私自身、6年経った今でも焦りが完全に消えたわけではありません。焦りを抱えたまま、日々を積み重ねているのです。焦りをゼロにしようとすると、かえって苦しくなります。
「まだ何者にもなれていない自分」を否定し続けることになるからです。焦りがあることを前提に、今日できることをやる。適度に頑張る程度の方が、長く続けられると私は感じます。
今すぐ何かを変える必要はない
焦りを感じているからといって、今すぐ大きな決断をする必要はありません。今の環境の中でも、できることはあります。
- 自分にできた、と思えることを1つ見つける
- 情報を集めるだけ集めてみる
- 抱えている焦りを、言葉にしてみる
上記はどれも、今の生活を大きく変えるものではありません。ただ、何もしないまま焦りを抱え続けるより、小さな1歩を踏み出す方が、気持ちが少し軽くなるのは事実です。
「今の場所を変えたい」と思ったら

環境を変えるという選択肢について、下記の2点をお話しします。
- 肩書きを手放す経験が、教えてくれたこと
- 環境を変えるという選択肢について
肩書きを手放す経験が、教えてくれたこと
公務員という肩書きを手放し、所持金10ドルという状態まで経験したことで、変わったことがあります。「何かを失っても、生きていける」という実感を持てたことです。失う前は、「失敗したら、立て直せないのではないか」という漠然とした恐怖がありました。しかし、実際に追い込まれても、次の日は来ますし、次の仕事も見つかります。
底を知っているという事実が、今の私にとって、安心材料にもなっているのです。何者でもない状態を経験したことで、何か新しいことを始めるときの怖さが、以前より少しだけ小さくなりました。「最悪の状態でも、なんとか生きてこられた」という経験は、今の私を支えています。
環境を変えるという選択肢について
「何者にもなれない」という焦りとあわせて、「今の場所から離れたい」という感覚を持っている人もいると思います。私自身、公務員時代は「自分には何もない」という焦りと、「今の環境にいていいのか」という感覚の両方を抱えていました。本記事では、あくまで「何者でもない」という感覚との向き合い方に焦点を当てています。
今の環境を変えることについて詳しく知りたい人は、下記の記事もあわせてご覧ください。
まとめ|何者にもなれないまま、今日を生きている

「何者にもなれない」という焦りは、弱さでも特別なことでもありません。公務員という肩書きを手放し、所持金10ドルという状態まで経験した私も、「何者かになれた」とは思えていません。何者になれなくても、6年間、私は生きてきました。塾講師から福祉職、福祉職から教室長へと、目の前のことに向き合い続けてきた結果が、今の私です。
何者かになることと、生きていくことは、別の話です。焦りが完全に消える日は、もしかしたら来ないかもしれません。しかし、焦りを抱えたまま、今日できることを積み重ねることはできます。所持金10ドルまで追い詰められた当時の生活については、下記の記事に詳しく書いています。
ブリスベン→メルボルン、仕事が見つからず所持金10ドルまで追い詰められた話【実体験】
「終わった」と感じるほどの状況からどう立ち直ったかについては、下記の記事をご覧ください。
ワーホリで人生終わった?【所持金10ドルから立ち直った私の結論】
今の環境そのものを変えたいと感じている人は、下記の記事も参考にしてください。


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