ワーホリで人生終わった?【所持金10ドルから立ち直った私の結論】

「ワーホリで人生終わった」——この言葉を検索してしまうほど、今つらい状況にいるのかもしれません。私も同じでした。2018年、ブリスベン近郊のファームで時給換算約4ドルという劣悪な環境に見切りをつけ、メルボルンに移った後も仕事は決まりませんでした。所持金は190ドルから10ドルまで減ったのです。

銀行残高を確認するたびに心が削られ、「オーストラリアで野垂れ死ぬんじゃないか」と本気で思った夜もあります。本記事では、私が実際に「人生終わった」と感じた所持金10ドルの夜の話について話します。当時何を考えたか、何が「終わった」と「変わった」を分けたのかを、当時の心境をもとに書きました。

渡航前で不安な人にも、今まさに渦中にいる人にも、ぜひ読んでもらえれば幸いです。

※本記事は私個人が2018年に体験した内容に基づくものであり、ワーホリの結果や心理的な影響には個人差があります。強い不安や気分の落ち込みが続く場合は、1人で抱え込まず、専門機関への相談を検討しましょう。


目次

「ワーホリで人生終わった」と検索する人に、伝えたいこと

本題に入る前に、下記の3点からお話しします。

  • 検索している2つのタイプ
  • 「終わった」で止まった人を私は知らない
  • 「つらい時期がある」のは事実

検索している2つのタイプ

「ワーホリ 人生終わった」と検索する人には、2つのタイプがあります。1つ目は、渡航を考えているけれど、ネガティブな体験談を見て怖くなっているタイプです。「自分も同じようになるのではないか」という不安から、渡航前に情報を集めている段階でしょう。

2つ目は、すでに渡航していて、現地や帰国後の現実に直面し、検索しているタイプです。仕事が見つからない、資金が底をつきかけている、思い描いていた生活と違う。ワーホリの中で、藁にもすがる思いで検索している人だと思います。私自身は完全に後者でした。

オーストラリアで思うように稼げず、所持金が減っていく恐怖の中で「終わった」という言葉が頭から離れなかったのを覚えています。伝えたいのは「不安を抱えているのはあなただけではない」ということです。自分がどちらに近いかを意識しながら読み進めてもらえると、次の章以降がより自分ごととして響くはずです。

「終わった」で止まった人を私は知らない

私の知る限り、ワーホリで「終わった」という感覚のまま、人生が終わってしまった人はいません。もちろん私自身の周辺での話であり、統計的な調査結果ではないため、断定的なことは言えないという前提があります。私が所持金10ドルまで追い詰められたときも、「もうダメだ」と本気で感じた瞬間は何度もありました。

銀行残高が減っていくのを見るたびに、これからどうなるのか見当もつかない恐怖がありました。それでも、ワーホリの経験をもとにブログを書きながら、日本で働いています。「終わった」と感じた時期は確かに存在しましたが、実際の感覚ほどの終わりではなかったのです。私が実際に「終わった」と感じた瞬間の話から、次の章でお伝えします。

「つらい時期がある」のは事実

安易に「大丈夫だよ」とだけ伝えるのは無責任だと思っています。ワーホリには、確かにつらい時期があります。楽観的な情報だけを並べても、今つらい状況にいるあなたの助けにはならないはずです。私が経験した「つらさ」を正直に振り返ると、下記の3点に集約されます。

  • 資金が尽きていく恐怖
  • 仕事が見つからない焦り
  • 誰にも頼れない孤独感

上記は私が実際に感じたものであり、決して大げさな表現ではありません。渡航前にネガティブな感情を知っておくことで、実際に直面したときの心構えが変わります。「つらい時期は必ずある」という前提を持ったうえで、先を読み進めてください。


私が「人生終わった」と感じた瞬間【メルボルン・所持金10ドルの夜】

私が最も追い詰められた時期について、下記の3点をお話しします。

  • ブリスベンのファームで時給4ドル
  • 所持金10ドル、心が削られた日々
  • 「日本に帰るべきか」という問い

ブリスベンのファームで時給4ドル

2018年10月、私はニュージーランドでの成功体験をしたまま、オーストラリアに行きました。ニュージーランドのヘイスティングスでは週5日フルタイムで働けていたのです。週314ドル程度貯金できていたため、「オーストラリアも同じだろう」と楽観的に考えていました。楽観的な油断が、すべての失敗の始まりでした。

ブリスベン近郊のファームで働き始めましたが、1日8時間働いても時給換算で約4ドルという劣悪な環境だったのです。当時のオーストラリアの最低時給19ドルの5分の1程度でした。歩合制で最低時給の保証がなかったことが、極端な低賃金の原因だったのです。

3日間働いても報酬を受け取った記憶がなく、「早くここを離れないと」という焦りだけが募ろました。現地で知り合った日本人が「メルボルンに行く」と話していたため、報酬を待たずに移動を決めたのです。3日での見切りという判断自体は、後から振り返れば正しいものでした。詳しい経緯は、下記の記事をご覧ください。

オーストラリアのファーム、時給4ドルだった17日間【実録】

所持金10ドル、心が削られた日々

メルボルンに移ってからも状況は好転しませんでした。紹介されたイチゴ農園も週3日・1日3時間しか働けず、収入は不安定だったのです。最終的に、メルボルン市内のバックパッカーに移り、求職活動に専念する日々が始まりました。1日8時間、朝から晩まで求人サイトを開いては応募を繰り返す生活です。

求職中に生まれたのが、1日2回銀行残高を確認するという習慣でした。買い物のたびにスマホでアプリを開き、減っていく数字を見つめる。スーパーで3ドルの食材を手に取るだけで、寿命が縮むような感覚があったのを今でも覚えています。所持金が190ドルから10ドルまで減っていく過程を、体験したのです。

「オーストラリアで野垂れ死ぬんじゃないか」と思う瞬間もありました。他の宿泊者が映画を見たり、チェスを楽しんだりする姿を横目に、自分だけが取り残されている感覚がありました。メルボルンでのサバイバル記録は、下記の記事をご覧ください。

ブリスベン→メルボルン、仕事が見つからず所持金10ドルまで追い詰められた話【実体験】

「日本に帰るべきか」という問い

所持金が10ドルに近づくにつれ、「日本に帰るべきではないか」という問いが何度も頭をよぎりました。楽になりたいという気持ちと、動き続けなければという気持ちがせめぎ合う、苦しい時期でした。当時、私の頭の中を占めていた考えは、下記のとおりです。

  • 帰国すれば恐怖から解放される
  • 帰国しても、簡単には元の生活に戻れない
  • 帰国すれば、すべてが無駄になる

皮肉だったのは、帰国するにも航空券代として10万円ほどは貯めておく必要があったことです。「帰るためにもお金を貯めないと」という状況の中で、結局は求職活動を続けるしかありませんでした。夜、狭いバックパッカーのベッドで、天井を見つめながら考えをぐるぐると繰り返していたのを覚えています。

葛藤こそが、私にとっての「人生終わった」と感じた瞬間です。


「終わった」と「変わった」を分けたのは何だったか

何が転機になったのかについて、下記の2点でお話しします。

  • 辞めなければよかったと、思わなかった理由
  • 魚の卸会社の仕事が決まって変わったこと

辞めなければよかったと、思わなかった理由

所持金10ドルという状況でも、不思議と「公務員を辞めなければよかった」とは思いませんでした。誰かに勧められたのではなく、自分自身で決めた選択だったからです。誰かに背中を押されて辞めたわけでも、追い詰められて逃げるように辞めたわけでもありません。

将来への不安を抱えながら、自分で情報を集め、自分の意思で公務員を辞め、ワーホリという道を選びました。だからこそ、苦しい状況になっても「誰かのせい」にする気持ちが生まれなかったのです。自責の感覚は、当時の私を支えた唯一と言っていい拠り所でした。

所持金が尽きかけても、家族や誰かを恨まず、選んだのは自分だという事実だけは揺らがなかったのです。公務員を辞めた経緯や、決断に至るまでの詳しい心境については、下記の記事をご覧ください。

公務員を辞めて海外に出た話【ワーホリという選択肢が私を救った】

魚の卸会社の仕事が決まって変わったこと

転機が訪れたのは、所持金が10ドルにまで落ち込んだときでした。求職活動を続けていた中で、魚の卸会社から採用の連絡が入ったのです。翌日からすぐに働けることになり、勇気を出して1週間分の給料の前借りを交渉し、なんとか生活をつなげられました。正直に言うと「仕事につけて人生が劇的に好転した」というわけではありません。

変わったのは状況より、「動き続ければ何かが起きる」という感覚が自分の中に戻ってきたことでした。求職活動を8時間続けた日もあれば、心が折れてFacebookに気持ちを書き込むだけの日もありました。しかし、動くのをやめなかったことが、結果につながったのだと思います。

同じように追い詰められたとしても、必ず誰もが同じタイミングで仕事が見つかるとは限りません。私の場合は結果的にうまくいきましたが、運や巡り合わせの部分も大きかったです。しかし、動き続けたからこそチャンスに出会えたという実感は、今も変わらず信じています。


今、「人生終わった」と感じているあなたへ

本記事を読んでいるあなたに向けて、下記の3点をお伝えします。

  • 渡航前の人へ:不安なら、知ってほしいこと
  • 渡航中の人へ:今すぐできる小さな1歩
  • 動けないときに、知っておいてほしいこと

渡航前の人へ:不安なら、知ってほしいこと

渡航を考えている人には、正直にお伝えしたいことがあります。ワーホリは、必ずしも楽しいことばかりではありません。私のようにファームで思うように稼げず、所持金が尽きかけることも実際に起こり得ます。ネガティブな体験談を読んで不安になるのは、決しておかしなことではありません。

だからといって、渡航をやめるべきだと言いたいわけではありません。事前に十分な資金計画を立てることが何より大切です。緊急時の資金調達手段として、海外キャッシングやWiseでの送金といった選択肢もあります。事前準備をしておくことで、私が経験したような追い詰められ方はある程度避けられるはずです。

不安を材料にして、渡航前の準備を固めていければ十分だと私は考えます。「知っていれば防げたこと」を、私の失敗を反面教師にしてもらえれば嬉しいです。資金準備の詳細は、下記の記事をご覧ください。

ワーホリにいくら必要?資金調達と貯め方【所持金10ドルの失敗談】

渡航中の人へ:今すぐできる小さな1歩

もしあなたが今まさに現地で苦しい状況にいるなら、大きな決断を急ぐ必要はありません。私が当時の自分に伝えたいのは、下記のような小さな1歩から歩もうということです。

  • 求人サイトを開いて、1件だけ応募する
  • 留学エージェントや現地人に相談する
  • 家族や友人に、今の状況を正直に伝える

私自身、1日8時間の求職活動を毎日続けられたわけではありませんでした。つらい日はベッドから起き上がれず、Facebookに気持ちを書き込むだけで精一杯という日もあったのです。しかし、小さな行動を積み重ねたことが、結果的に大きな変化につながりました。

完璧な行動でなくてもいいので、今日できる1つのことから始めてみてください。小さな1歩でも、動いたという事実が、翌日の自分を少しだけ軽くします。

動けないときに、知っておいてほしいこと

正直に言うと、「動けば必ず好転する」と保証することはできません。所持金が尽きる恐怖や孤独感が強く、何も手につかない時期があるのも事実です。私自身、体力的にも精神的にも限界に近いと感じた日が何度もありました。強い不安や気分の落ち込みが長く続いている場合は、1人で抱え込まないでください。

現地の日本国総領事館や、信頼できる専門機関に相談することも、選択肢にいれましょう。誰かに話すだけでも、状況は変わらなくても気持ちは軽くなります。「終わった」という感覚は、本物の重みを持っています。ただ、「終わった」という感覚がずっと続くとは限らないということも、伝えたいです。

1人で抱え込まないことが、何よりも大切だと私は思います。


まとめ|「人生終わった」は、終わりの合図ではない

私は29歳で公務員を辞め、オーストラリアで思うように稼げず、メルボルンで所持金10ドルまで追い詰められました。銀行残高を見るたびに心が削られ、「終わった」と感じた瞬間は確かにあったのです。しかし、自分で決めた選択だったという事実が支えになり、動き続けた先で魚の卸会社の仕事という転機が訪れました。

「終わった」という感覚は、本当の終わりを意味するものではありません。渡航前の決断について詳しく知りたい人は、下記の記事もあわせてご覧ください。

公務員を辞めて海外に出た話【ワーホリという選択肢が私を救った】

所持金10ドルに至るまでの詳しい経緯を知りたい人は、下記に詳細をまとめています。

ブリスベン→メルボルン、仕事が見つからず所持金10ドルまで追い詰められた話【実体験】

帰国後の人生がどうなったのか気になる人は、下記の記事もご覧ください。

30歳でワーホリから帰ってきた!帰国後の現実について【2019年実録】

※本記事は私個人が2018年に体験した内容に基づくものであり、ワーホリの結果や心理的な影響には個人差があります。強い不安や気分の落ち込みが続く場合は、1人で抱え込まず、専門機関への相談を検討しましょう。

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